++たらたら日記++

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004:煩悩

 思い切り某名作のパクリ。グロ入りますので苦手な方はご注意を。


「本当に、本当にこんなことであなたのようになれるのですか」
 目の前の白髪白髭の老人に向かって俺は食い下がった。
 俺の左手には一反の白布。右手には筆。
 「ああ、その筆でお前の心に浮かんだ欲を書き付ければ、それがお前から抜け出る。すべて出し切れば、お前も解脱できるのじゃ」
 「でも、私には絵心がないのですが」
 「構わぬよ。はっきりと思い浮かべて筆を手に取ればそれでよい」

 俺がこの老人と出会ったのはもう何年も前になる。
 無一文で町をうろついていた俺に声をかけてきた老人は、金を手に入れる方法というのを俺に伝授したのだった。
 半信半疑で従った俺は、うなるほどの金を手に入れた。
 だがあぶく銭はそれこそあっという間に使い果たして消えてしまった。
 次に老人に会ったとき、俺は名誉を手に入れる方法を聞いた。
 それもたちまち手に入ったが、まもなく身近な人間の裏切りでおじゃんになった。
 三度目に老人に会ったとき、俺は老人のようになれる方法を尋ねた。
 もう人の世にはうんざりだった。人を超えた存在になりたかった。
 老人はしばらく意味深げに笑った後、俺をそのねぐらに連れて行ったのだった。

 欲を断ち切るというのなら、まずは金銭欲だろう。
 俺はかつて自分の手の中にあったどっさりの金を思い出した。
 そのまま筆を白布に近づけると、腕がひとりでに動いた。何もつけていない、乾いたままのはずの筆がすべると、布の上に金の絵がはっきりと浮かび上がった。
 驚いて見ていると、絵がぼんやりと光り始めた。同時に胸が締めつけられるように痛み、息が詰まる。俺は筆を握り締め歯を食いしばった。
 ふっと体が楽になり顔を上げると、布の上の絵がいつの間にか消えていた。
 かつーんと何か硬いものが落ちる音がした。ころころと足元を転がるものを老人が拾い上げた。親指の先ほどの小さな玉だ。
 「これがお前の欲じゃよ」
 俺は口をぽかんと開けた。
 「お前から抜け出した欲を固めた欲の玉じゃ」
 「ほ、本当に俺の? 俺から欲が消えた?」
 金を見て確認したかったがあいにくからっけつだ。
 他のもので確認してみようと俺はもう一度筆を持ち直した。
 「これ、一日に何度もできぬよ。結構体にくるからな。あせらずに少しずつ消していけばよかろう」

 こうして俺は老人のもとで修行の真似事をしながら玉を一つ一つ増やしていった。
 女の顔やうまい食べ物などを思い浮かべては筆をとり、色欲、飽食欲を消していく。
 また、金を持っている奴を横目で見て羨んだときの気持ちを思い出して、妬み心を玉にする。
 玉が増えるにつれ、俺は自分の心が徐々に軽くなっていくのを感じて嬉しくなった。
 そのうちに、もうそれがあたりまえのことになって、特に何も思わなくなったが、それは俺の心が解脱に近づいているということなのだろう。
 心に浮かんでくる執着もどんどんと少なくなってきた。
 老人は「もうすぐじゃのう」とにこにこ顔をしている。

 そして、もうすっかり平らかな心持ちになっていた俺は今日も筆を握った。
 いつものように目を瞑り、静かに息を吐きながら、浮かんでくるものを待つ。
 だが、穢れた欲はもうほとんど捨てきったのか、何も思いつかない。
 
 やがて、ぼんやりと何かの像が浮かんできた。
 ゆるやかに形をとり始める。
 俺はカッと目を見開いた。
 「師匠……!」
 俺の声は震えていた。
 「これも捨てなければならないのですか」
 「そうじゃ」
 老人はゆっくりうなずく。
 「で、でも、これは……私の親の思い出なのですが……!」
 もうずいぶんと昔に縁がなかったことと思い定めて、記憶の底に押し込めて蓋をして、思うことなど一度もなかったのに。
 今俺の中に浮かんでいるのは、俺が本当に幼かった頃の、大きな手のぬくもりと柔らかい笑顔。
 「それもまた執着じゃ。消さねばならぬ」
 落ち着いて言い切る老人に対して、俺は首を横に振った。
 「いやです」
 常に笑顔だった老人が眉をひそめるのを初めて目にした。
 「消さねば解脱は叶わぬぞ」
 老人の鋭い眼光に気圧されそうになりながら俺はなおも首を振った。
 胸の中には温かく懐かしいものが満ちている。
 「いやです。この気持ちを捨てることが人を超えることだというのなら、俺は人のままでいい」
 「……そうか……」
 老人は顔を伏せた。
 と、急に俺の腹に焼けるような痛みが襲った。
 見れば、老人が小刀を手にして俺の腹に突き立てていた。
 「し、師匠……?」
 あまりの痛みに体がしびれ、俺は膝から崩れ落ちた。
 「ああ、口惜しや。すべてを消し去りまっさらとなった人の生き胆は不老長寿の薬となるものを」
 まるで別人のような声音が降ってくる。
 「まあよい、これだけ浄化した胆なら何かの薬の材料にはなるだろう」
 老人はそう言って小刀で俺の腹をさらに引き裂いたようだったが、俺にはもう何も感じられなかった。
 胸の中のぬくもり以外は。
 
    了

 言うまでもなく『杜子春』のパクリです。ただし芥川版と中国原典版のまぜこぜ。
 親への想いは大切だね〜てのは日本的な情感らしく、中国版での「ちっ失敗しやがって」みたいな描き方に度肝を抜かれた覚えが。

配布元:「物書きさんへ漢字100のお題」

2007年02月28日(水) (物書きさんへ漢字100のお題)

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