突然ですが、電王SS。 本条誕生日話。 どれだけ、夢を見れば気が済むんだろう、私。
隠します。
(某所にもこっそりと投稿しました)
《なあ、良太郎。誕生日ゆうたらやっぱり「めでたい」ゆうて祝うもんなんかな》
閉店後、後かたづけをしていると、急にキンタロスの声が聞こえてきて、ぼくは少し驚いた。 モモタロスやウラタロスと違って、キンタロスのほうから「繋いで」きて会話をすることは今まであまりなかったから。 《うん、お祝いするうちは多いんじゃないかな。ケーキを食べたり、プレゼントを渡したり》 キンタロスがそんなことを言い出したのは、今日常連さんの一人が誕生日だというので姉さんがろうそくを立てたチーズケーキをサービスしたのを、ぼくを通して見ていたのかもしれない。 《なんだ、一つ歳食うののどこがめでたいってんだ?》 モモタロスが割り込んでくる。 《誕生日をお祝いするのは大事だよ、先輩。僕は知り合った女の子にお祝いメールは欠かさないけど、みんなすごく喜んでくれるよ》 ウラタロス……いつの間にぼくの携帯を使ってたんだろう。 《ババァになるのがそんなに嬉しいもんかね……ッテェ!何しやがるこの……》 《僕は関係ないでしょ……》 途切れた声に、デンライナーで何が起きてるか目に浮かぶようだなあと思っていると、またキンタロスの声が聞こえてきた。 《……無事に一年過ごして一つ歳重ねるゆうのは、やっぱりめでたいのと違うか……》 独り言をつぶやくような声は、いつものキンタロスとちょっと違う。 《キンタロス……?》 《……なんもない。変なことゆうてすまんかったな、良太郎》 それっきり、声は途切れてしまった。
二日経った閉店後、ぼくは自分の部屋でキンタロスに呼びかけた。 《なんや、良太郎》 ちょっと寝ぼけたような声はいつもの調子だった。 《あのね、尾崎さんに頼んで資料もらったんだけど……》 《何の話や?》 《もうすぐなんだね、本条さんの誕生日》 声が返ってくるまで、しばらく間があった。 《……梅雨の頃や、ゆうてたからな》 《ねえ、お祝いに行く?》 《ええわ》 即答だった。 《どうして。ぼくの体を使えば……》 《良太郎は関係ない》 ぼくの言葉を断ち切るように声が響いた。 次にかける言葉を見つけられずにいると 《すまんな、良太郎》 静かな声がした。 《そういうつもりやなかったんや。……関係ないのは俺や。俺はもう本条とは何の繋がりも無いし、向こうはもう俺のことなんも知らんでいるやろ。だから、ええんや》 《キンタロス……》 《俺が変なことゆうたせいで、気ぃ遣わせてしもたな。すまんな、良太郎。おおきに》 「途切れた」後、ぼくは手元の紙を見てから壁のカレンダーを見上げた。 次の土曜……。
土曜の午後、菊池がまた俺のトレーニングに付き合ってくれた。 自分の部活を優先させろといつも言うんだけど、なんだかんだで手伝ってくれる。一人だとどうしても自分を甘やかしてしまったり、逆に無理をし過ぎたりするので、本当はとてもありがたい。まあ、どっちかというとちょっと鬼コーチ気味だけど。 おかげでちょっとだけ基礎体力が戻ってきたような気がする。空手そのものはまだまだ先だけれど、体が全然動かなくて、先がまるで見えなくなっていた頃にくらべれば、遠い向こうでも道が見えてるのが嬉しい。
帰り、菊池とファミレスに寄ってメニューを見ていると、不意に照明が暗くなった。「ハッピーバースデー」の曲も流れてくる。 「あー、これか。『誕生日の方にケーキプレゼント』って」 菊池がサイドメニューを見ながら言った。 向こうの席から拍手が聞こえてくる。 「あ、そういえば俺も今日誕生日だ」 「マジで?」 「マジ」 「本条もあれやってもらう?」 「いいよ。恥ずかしい」 「じゃあ俺何かおごろうか」 「お。じゃあステーキセット!」 「無茶言うな」 結局、ショートケーキとコーヒーを追加して、ささやかに祝った。
菊池と別れて、地元の駅で降りるともう真っ暗だった。 嫌な予感がして急いだが、案の定ひどく降ってきた。 朝は良い天気だったので油断して、うっかり傘を持っていない。梅雨だってのに。 あわてて近くの軒先に雨宿りしたけど、しばらくやみそうにない。もう濡れて帰ってしまおうかと思っていると、誰かが俺の前で立ち止まった。 透明のビニール傘を差した、高校生くらいの少年。なぜかこっちを見ている。 と。 「傘、使ってください」 急に声を掛けてきた。 「え。なんで……」 一瞬訳がわからなかった。 「あ、あの、その、前にあなたに雨降りのときに傘を借りて助かったことがあるから、そのお返しです」 まるで覚えがない。 なんの冗談かと言いたいところだけど、実を言うと病気の後しばらく、体調のせいかときどき記憶があいまいになっているところがあった。日にちの感覚がおかしくなったりとか。だから、覚えてないけれど、そういうことがあったのかもしれない。 相手の声も、薄暗がりにぼんやり見える顔も、真剣だった。 ……たしかに、どこかで会ったことがあるような気もしてきた。 「あ……ありがとう。でも、君の傘は?」 「ぼくは、いいんです」 「よくないよ。……じゃあ、俺のうち近くだから、そこまで送ってくれないかな。歩かせて悪いけど」 「じゃあ、そうします」 少年は傘を差しだしてきた。 相手のほうが少し背が高いようだったので、悪いが傘を持ってもらうことに甘えて、傘の下へ入った。 俺も相手も小柄な方だったけれど、男二人の相合い傘だとどうしても互いに肩がはみ出す。 「ごめん、濡れるよね」 そう言うと 「大丈夫や。おおきに」 なぜか関西弁で俺に余計に差し掛けてきた。
俺のアパートの部屋の前に着くと少年は 「じゃあ俺はこれで」 とそそくさと帰ろうとした。 「待って」 腕を掴むとひどくびっくりした顔でこちらを見た。 「そんなに濡れたままで帰すわけにはいかないよ。体拭いていって」 「そやけど……」 俺はゆっくりと首を横に振り、それから相手の目を見て笑いかけた。 「散らかってるけど、どうぞ上がって」 「……ほな、お邪魔します」
部屋に入るとすぐバスタオルを二つ取り出して、少年にも渡した。 明るいところで見ると、やっぱりさっきと少し印象が違う。どこがどうとは言えないけど。そして、どこかであったことがあるような、というのは変わらなかった。 少年は部屋を見回して 「今はこういうとこに住んどるんやな」 と言った。 「え?」 「い、いや、前に会うたのは病院やったから」 「え、君も何か……」 言いかけてあわててやめる。詮索はよくない。 「いや、その、りょうた、いや、俺がちょくちょく怪我しては病院の世話になっとるから……」 そうか。じゃあやっぱり、ちょっと頭がぼんやりしていた頃に会っているんだろう。 「あんときよりだいぶ良くなったみたいで、なによりや」 少年はにっこりと笑った。 「ありがとう」 俺もつられて笑った。
それからちょっとの間、会話が途切れた。 「コーヒーでも飲む?インスタントだけど」 立ち上がると 「お構いなく。もう帰らせてもらう」 と返ってくる。 「まだ雨強いよ」 あまり理由にならないようなことを言いながら戸棚を開けた。何を引き留めるようなことしてるんだろう、俺。 「はい。砂糖とミルクは?」 「このままで。おおきに」 一口、口を付けたきり、両手で湯気の立つカップを包むようにして、少年はうつむいた。なにかつぶやいているみたいだ。コーヒー苦手だったのかな。 「あの……」 声をかけようとすると、急に勢いよく顔を上げた。 「今日、誕生日だったんやろ」 「え?」 一瞬頭が真っ白になった。 なんでそんなこと知ってるんだ。 もしかしたらファミレスで菊池と話していたのを聞いていたんだろうか。ということはそこからずっと電車に乗って付いてきたんだろうか。だいたい何ヶ月も前に傘貸したくらいで追いかけてくるだろうか。これってえっとつきまといっていうか、ストーカーって同性でもいうんだっけ…… いろんなことが一度にぐるぐるとした。 でも、怖いとか、気味悪いより、何か別の感情が勝った。 「無事に一つ、年を取ることができてよかったな。おめでとう」 ゆっくりと続けられる言葉は、とても真剣で、なんだか懐かしいような響きがする。 急に胸の中がざわざわした。 こちらをじっと見つめる少年の目は、蛍光灯が映り込んでいるのか妙に光って見えて……その目もなんだか懐かしい気分になる。一度や二度会ったことがあるというんじゃなくて、もっと何か……。 ざわざわが胸からのどへと上がっていく。 「……ありがとう……」 やっと声が出た。 少年はほっとしたように微笑んで……俺の胸はまた波立った。
「なんかえらい長居してしもて、すまんな」 少年はタオルを俺に渡すと立ち上がった。 ドアを開けると一気に湿り気が入ってきて、雨音が耳に飛び込む。 「雨、まだ降ってるから気をつけて」 「大丈夫や。おおきに」 少年はビニール傘を手にした。 「あ、あの……」 思わず声が出た。 「ん?」 少年がこちらを見る。 「ありがとう」 俺は右手を差し出した。 ……何に対しての礼なんだろう。 雨の中送ってくれたこと。 誕生日を祝ってくれたこと。 それだけじゃなくて、何か。 波立っている何か……。 ちょっと間があって。 少し骨張った手が俺の手を取り、びっくりするような力で握ってきた。 俺も強く握り返す。
「ほな……さいなら」 少年は傘を差し、背を向けた。 後ろ姿は暗い雨の中にすぐ解け込んでしまった。 俺は、傘から撥ねて顔についた水滴を手の甲でぬぐい、ドアを閉めた。
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