帰宅途中に思いついた突発創作です。 ストーリーは特になし。
今日はかなり運の良い一日だった。
自転車に乗っていて、マンホールに落ちなかったし。 信号待ちの時、隣りに停まったトラックの荷台から荷物が降ってこなかったし。 ボールを追いかけて道に飛び出してきた子どもを避けようとして茂みに突っ込んだりしなかったし。 脱走中の犬に追いかけられることもなかったし。
帰ってからも、お客のこぼしたコーヒーが足にかかることもなかったし。 高い本棚から一冊抜こうとして、全部落ちてきたりしなかったし。 食事を作る手伝いをして、油が跳ねることもなかった。
食後に特製青汁ミックスを飲まされたけど、それはいつものこと。
風呂場で間違ってシャワーの冷水を出して悲鳴を上げることもなく。 パジャマに着替えて後はもう寝るだけ。
そしてなにより、今日はイマジンが関わる事件がなにも無かった。 デンライナーに寄らなかったのって何日ぶりだろう。 最近ちょっと疲れていたから、ゆっくり眠れるのは嬉しいな。
デンライナーの中にずっとこもっていなきゃいけないモモタロスたちは気の毒だと思うけど……。 今日ぐらいは一人でぐっすりと眠らせてほしい。
「や〜っと寝てくれたね」 艶やかな蒼色のイマジンが、いかにも楽しげに、歌うように声を上げる。 うきうきとスプーンを鏡代わりに覗き込むウラタロスを向かいの机から真紅のイマジンが睨み付けた。 「おい、亀公! お前、今から良太郎に憑くつもりじゃないだろうな」 「だったらどうする〜?」 「だったらってお前、良太郎は寝たいって言ってるんだぞ! また体引っ張り回してくたくたにさせる気か? ちゃんと寝せてやれ!」 バンと机を叩いて怒鳴るモモタロスからふいと顔を背けてウラタロスはうそぶく。 「はじめずっと良太郎の体をボロボロにしてた先輩に言われたくないですね」 「なんだと!?」 「それに、今日はずっとこの中にいたんで退屈してるんですよ。せっかくの春の宵なんだから、夜の散歩と洒落こみたいじゃないですか」 「気晴らしに出たいんなら砂のまんま出て行きやがれ」 「味気ないなあ、先輩は」 言いながらウラタロスは立ち上がりかけた。 「ちょっ、おまっ、待ちやがれ!」 モモタロスはあわててウラタロスの腕をひっつかむ。 「ちょっと、放してくださいよ先輩」 「いいや、放さねえ。勝手に抜け駆けするんじゃねえ。俺だって出歩きたいの我慢してんだ!」 モモタロスはあっという間にウラタロスを羽交い締めにした。 「ちょ、おい、放せって!」 ウラタロスの口調が変わる。細目の見た目に寄らず腕力が「先輩」と拮抗している彼は腕を振りほどきにかかった。 「ちっ、暴れるな! おい、熊公! こいつ押さえるの手伝え!」 モモタロスは新入りイマジンに声をかけた。 が、反応はない。 「おい、熊公! 寝てばっかいるんじゃねえ手伝えって!」 モモタロスが振り返ると、食堂車の片隅で居眠りしていたはずの金色の巨体の姿が見えない。 「……れ?」 頓狂な声を出すモモタロスにつられて、ウラタロスも抵抗を中断して振り返る。 「おや?」 首を傾げる。 「別の車両に移ったのかな」
今までカウンターから小競り合いを静観していた、というより楽しげに観戦していたナオミが首を振る。 「キンタロちゃんは今の今までそこにいましたよ。気がついたら消えてたけど」 「……あの野郎、まさか!」 モモタロスがいきり立つ。 二人のイマジンは良太郎の意識に念を凝らした。 ぐごご……ぐごごご……。 低いイビキの音が伝わってくる。 「なんだぁ?」 「まさか、あの熊さん、良太郎に憑いたまま眠ってる?」 「冗談じゃねえ。おい! おい、熊野郎! 起きろ! 起きろって!」 「ズルいんじゃない、それは」 ウラタロスはまだ絡んでいた腕を振りほどき、すうっと虚空に溶け込んだ。 と、モモタロスが怒鳴るひまもなく、再び像を結び、ダンッと床にたたきつけられた。 「……って……」 ゆるゆると起きあがり、呆れ声を出す。 「……あの熊さん、寝てるくせに、良太郎に居座ってビクともしない」 「あんにゃろ……」 モモタロスは再び良太郎に意識を集中した。 小さな寝息と豪快なイビキの二重奏が聞こえてくる。 「二人とも……寝てるんですよねえ」 ナオミがつぶやく。 「『一人で』ってのはおじゃんだけどよ、『ぐっすりと』眠るってのは一応これでかなってるのか? なあ」 モモタロスは納得いかなげに首をひねった。
「おはよう、姉さん」 「おはよう、良ちゃん。なんだかゆうべはイビキが凄かったわね」 「え、そう?」 「やっぱり疲れてるんじゃない? 特製青汁ミックス、今朝は残さずに飲むのよ」
|