++たらたら日記++

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「ライオンと魔女」

 今日は京都まで映画を見に行ってきました。
 「ライオンと魔女」の吹き替え版と字幕版をハシゴです。
 計5時間は少々疲れましたが、「LOTR」の「二つの塔」のハシゴを思えばどうということはありません。
 LOTRの字幕騒ぎ以来、可能であれば……特に人名地名入り組みそうな作品であれば、吹き替え版を見て頭に流れを入れておいて、字幕版で本来の声を楽しむようにしています。

 まだ絶賛上映中の作品なので、ネタバレはなるべく避ける方向で行きたいと思います。
 そのかわり自分語りが大半をしめることになりそうです。人が聞いても面白くないかもしれませんがお許しください。

 ファンタジーの映画化というとネバーエンディングストーリーの悪夢を思い出していまだに一瞬身構えてしまう私です。映像技術的なことや筋の省略はともかくも、ラスト3分で原作の精神をぶち壊しにしてくれた恨みを忘れることはできません。どらごんニノッテイジメッコニシカエシッテナンナノヨ……。指輪物語やハリポタを楽しく見られたのは、自分が原作を知らないおかげだと思います。(ちなみにゲド戦記も読んでない) しかし、ナルニア国物語は既読なのであります。
 ただ、読んだのはもう30年も前のことです。登場人物の名前も筋立ても、すべて忘却の彼方。だからたとえ原作とかけ離れていても「違う」と怒り出すほどの思い入れは持ち合わせていない……はず。
 そんな私が見に行くことを決めたのは、原作好きな人にも映画が好評だったからです。


 今日の京都の町は着物や袴姿の若者が多く見かけられました。卒業式の時期なのですね。
 途中ガレキ店に寄ってデカマジムックと響鬼・鋼の巻と特ニュー3月号を買いました。
 レディースデイなので2本分チケット買っても2千円。だいぶ助かります。吹き替え版は女友達同士で見に来てる若い子が多かった感じですね。

 結論を先に言うと、見られて良かった映画だと思います。戦さの場面などは映画用だいぶふくらませた感がありましたが(でもってCGっぽさが目に付きましたが)、よく作られた作品でした。


 さて、後は延々自分語りになりそうなので、映画の感想を知りたかった方は、もうここでお引き取りください。

 今回、この映画を見ることは自分の記憶を掘り起こしていくことでありました。

 30年余り前……小一の頃から図書館通いをしていた私が、絵本を卒業して最初に読んだ「長いお話」がナルニアの「銀のいす」でした。我ながら極端というか中間がないというか。たぶん美麗な表紙の絵に惹かれたのだと思います。たぶん小二か小三……四年生にはまだなっていなかったはずです。ナルニアを読破した後、ドリトル先生やメアリー・ポピンズを制覇。あのころ親に言われてつけていた感想ノート(といいつつすぐにタイトルしか記録しなくなった)が残っていればと思います。
 前述したように名前も筋も消えていましたが、感覚……というか手触りのようなものは残っていたようです。
 雪の森の中、なぜか一つ立つ街灯の絵。半獣の住まいがこの世で一番居心地の良い場所とされていたこと。冬の世界でのビーバーの家の暖かさ、ありがたさ。ライオンの毛の輝き。
 そんなものだけは、沈むことなく残り続けていました。

 最初の空襲シーンこそ違和感がありましたが、すぐに次々と記憶……感触が掘り起こされていきました。
 そう、これは兄弟のお話でした。それも完全に良い子たちとはいえない。いろいろな性格と兄・姉・弟・妹というそれぞれ異なる立場をもった「ふつうの」子どもが歩んでいく物語。
 半獣の暗い笑み。女王の優しさ。誰が味方で誰が敵なのか、正しいのは誰か……とまどった記憶。
 ほんの軽い気持ちでついた嘘や、保身の言葉が、どうしようもない裏切りとなり、他者を傷つけていく恐ろしさ。
 異なる国の異なる生きものたちを描きながら、つまるところひどく精神的な物語だったのだそういえば、とそんなことを思いながら映画を見ていた気がします。物語の末妹と同じくらいだったかつての自分にそんな理屈は言葉としては持ち得るはずもありませんが、本の固い表紙の手触りや紙の色や活字の太さ大きさとともに、何かが確実によみがえってきました。
 そして、今から見れば確かにひどくキリスト教的な……そう、かなり露骨にキリスト的な部分があるのですが、遠い昔の自分はまだそんな知識を身につけていなかったなあ、と。(ある意味ラッキーでしたね)
 
 見ていて記憶の底からいろいろ湧いて出たということは……つまるところ映画が原作のコアを外さずにきっちりすくい取っているといっていいのでしょうね。

 まったくの余談になりますが、話のキーになるターキッシュ・デライトなるお菓子、画面で見る限りでは熊本銘菓「朝鮮飴」に似ているような。観光土産として売っている朝鮮飴は一つ一つオブラートにくるんでセロファン包装されていますが、ご贈答用のものになると木の箱に片栗粉敷き詰めてぎっしり埋まっているのです。口の周りが白くなるところといい、歯に染み渡るような強烈な甘さといい(ターキッシュ・デライトはずいぶん甘いという話)、ねばつく食感(画面で見る限り)といい、思い出さずにいられません。
 それにしても、イギリス人の女の子というものはどれほど小さくてもきっちりレディなのだなあ、しみじみ。

 帰りの電車の中で考えていたのは、自分はいつから魔法を信じなくなったんだろう、ということでした。
 まったく恥ずかしながら、私はずいぶん大きくなるまで、物語の中の魔法の国を信じていました。ナルニア国物語を読んでいた頃は少なくとも、その存在を信じていました。どこかにその入り口はある、と。ただ、その入り口は横文字の名前をした子どもたちの前にしかあらわれないようだという諦めはありました。それでも、壁に掛かった鹿の首の剥製の、壁の向こう側になら行けるかもしれない。草や木の名前を持った小さな人には会えるかもしれない。
 大人になれば魔法を信じられなくなることもわかっていました。空と時を駆ける船に乗っていたはずの兄弟達がみな気のせいだと思い始めるように。だから私はピッピの真似をして「私はおっきくなりたくない」と何度も唱えました。
 それでも、知らないうちに、私はファンタージェンは架空の場所だと認識するようになっていました。
 別にどこかで劇的変化があったようには思えないんですけどね。
 残念なことに私には、ウエンディの替わりに飛んでくれる娘は存在しないんですよね。
 ああ、なんだか本当に、とりとめのない話になってしまいました。
 最後に。私は「銀のいす」では沼人のおじさんが好きでした。ななつやつの頃から嗜好って奴は……(滅)

 昨日今日とweb拍手を押してくださった方へ。ありがとうございました。励まされています。
2006年03月15日(水) (感想)

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