某懐かしアニメの某敵キャラの誕生日創作
昼夜の境のあいまいな煩悩京の七つの月が、それでもいくぶん光を増したころ、俺は四季の杜へと向かった。 物心つく前にかどわかされ、四季の移ろいを知らぬ迦遊羅のために、人間界のとある場所の光景をそっくりそのまま妖力で引き写した場所。 今はすでにその役目を終えたが、四六時中変わり映えのしない煩悩京の風景に飽きると偶に足を向ける。 つい先日まで暑くてかなわず、近寄る気にもならなかったが、ここ数日は夜になると心地よい風が吹き、虫の音も楽しい。
妖力に囲われた異界に足を踏み入れると、たちまち暗がりの中となった。密に茂った木々や足元の草が、煩悩京にはない濃密な香りを放つ。 一足ごとに草の香が立ち、虫が逃げ惑う気配を感じながら歩いていると、木々がまばらになり、やがて池の前に出た。 他にはない青黒い空にただ一つの月が、今宵は七つの月を合わせても負けぬほど強く輝いている。
月を見上げていた首をおろし、今度は池に映ったもう一つの月を眺めていると、不意に水面が大きく波立ち、月の像は砕け散った。 俺は吐息をついた。 水面に手をかざすと、波はおさまり、月の代わりに見慣れた男の像を結んだ。
「おお、螺呪羅、いたか」 「なんだ、那唖挫」 俺は苦虫をかみつぶしたような顔をして見せる。 俺たちは勤めの時以外は互いに干渉しないことにしているので、よほどのことがない限りは散歩の邪魔をされたくない。 「お前に迦遊羅からの便りが届いておるぞ」 「俺に、か」 「今日は人間界での長月十九日であろう」 ああ、そうか。そういえば毎度風が涼しさを帯びる時期だった。 「まめな事よの」 「そうよな」 那唖挫が薄く笑う。 この男の場合、苦笑なのか本気の笑みなのかわかりにくい。 「あとで城に戻る」 「月が真上にのぼる前に戻ってこい、日付が変わるぞ。今宵は中秋の名月だそうだ」 那唖挫の姿は消え、再び月が映った。 なるほど、中秋の名月なれば、明るいも道理か。 俺は池の端に腰をおろし、今一度月を見上げた。
阿羅醐亡き後、統制を失った妖邪たちが跋扈する妖邪界を立て直すため、迦遊羅も我ら三魔将もずいぶん骨を折り、時間も幾分かかったが、なんとか落ち着くと我らは半ばむりやり迦遊羅を人間界に送り戻した。 新しき生業と住処、そしてまもなくよき伴侶を得たのは喜ばしいが、いささか人間界にかぶれたのか、我らに年賀状や暑中見舞い、誕生祝いの文などを寄越すようになった。 昨今の人間界では生まれた暦の月日を境に歳を一つとるそうだ。 悪奴弥守なんぞ、おのれ宛の迦遊羅の文となるとでれでれに相好を崩す。妖邪兵たちには決して見せられぬ顔だ。 だが、俺は……
青みが勝っていた空が、黒く艶を帯び、月がますます明るくなる。虫すだく音が高く低く続く。
この小さな箱庭で春夏秋冬が一回りしても、俺たちにはほとんど何の意味も持たない。 俺が生まれ落ちた年からは四百と数十年が経っているらしいが、俺は……俺たちは、二十歳をいくつか超えた外見からもうずいぶんと変わらずにいる。 ここにいたころは棒のような手足だった迦遊羅は、大人らしく、女らしくなっている。 かつて剣を交えた小童どもは壮年と言っていい歳になり、その子らの中には、すでに出会ったころの彼らと同じくらいのものもいる。 だが、この世とあの世のあわいに住む俺たちに、巡る月日などよそごとだ。
俺は立ち上がり裾を払った。夜露でいささか湿っている。 このまま城に帰れば、迦遊羅がいればずいぶんと怒られたであろう。
早足で杜を抜けると、七つの月に照らされた、薄ら明るい煩悩京の景色となる。 常にぼんやりと明るく、常にほの温かく、常にうっすらと香の薫る、極楽図そのものの光景の中を妖邪と呼ばれた男が横切っていく。
「よう、幻魔将殿、遅いぞ」 城に戻り、広間に向かうと、その前で悪奴弥守がにやにや笑いで待ち構えていた。 「すまぬな」 いささかも詫びの色を混ぜずに答えると、 「おお、すまぬよ。なにしろお預けを食わされたからな」 ぽりぽりと顔の古傷を掻く。 広間に足を踏み入れると、そこには膳が三つ置かれ、酒肴が載っていた。 その一つの前に那唖挫があぐらをかいている。 悪奴弥守もいそいそと膳の前に陣取った。 「……まさか、『おたんじょうびのおいわい』ってやつではあるまいな」 「何を抜かす」 那唖挫が鼻で笑った。 「中秋の名月をめでる宴に決まっておろうが」 「そもそも四百本もろうそくを立てる菓子など無いしな」 悪奴弥守が早くも己の盃に酒を注ぎながら言う。 那唖挫がきろりと見上げてきた。 「お主ひとり、さんざん堪能してきたのであろう」 「わかったわかった」 俺は両手を差し上げる。 すっと広間は暗くなり、床几、衝立や天井は姿を消し、先ほどと同じ、黒々とした木々とその上に輝く月が立ち現れた。 幻魔将にとって、これきしのこと、造作もない。 「ほおお、見事よな」 悪奴弥守が実に素直に感嘆の声を上げる。 「さて、まずは一献」 瓶を手にした那唖挫の声に、俺も腰をおろし、盃を差し出した。 「よき月と、幻魔将殿に、乾杯」
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