パトリックへのプレゼントと、まだ白紙のメッセージを横に、キーボードに向かっている。 金曜には国別に行く。 その、前に。
何から書けばいいだろう。
この数ヶ月に、フィギュアについて思うことはいろいろあった。 いろいろあったけど、書こうとは思わなかった。 できれば、この日記には、楽しいこと、面白いことだけを書いておきたい。 負の感情ばかり書き連ねるなんて……いままでの自分からちっとも変われていない。 うっかりするとただ愚痴まみれになってしまっていたけれど、変えていきたかった……のに。
いろんなことで腹が膨れて、のどまでせり上がってきたので、穴も掘らずに吐き出す。 ああ、醜いものをさらすなんて嫌だったのに。 こらえて、きたのになあ。
本当に、何から書き出せばいいんだろう。
ああ、そうだ。今季、何度も自分に唱えた呪文。 選手にとって(そしてファンにとっても)怪我をすることほど辛いことはなく、万全の体調で滑ることができるのはどれだけありがたいことか、と。 だから、騒音に心煩わせる必要はないのだ、と。 どんな誹謗中傷も、毛一筋ほども選手に瑕を付けることはできないのだ、と。 何度も何度も何度も。 日に何十回も繰り返し続けた。 繰り返したということは、つまるところ自分がどうにも気に病んでしょうがなかったということなのだけれど。
でも。 世界選手権ニース大会を見て、選手は傷つくのだ、と思った。
自分は2ちゃんねらーだ。 スケート板に書き込むことはほとんど無いけれど、総合スレなどに目は通している。 そこで何を見聞きしても、それについてここで書くことはしなかった。 パトリックに対しての、文字通り心ない書込みや、他の選手まで巻き込んだひどい捏造を見て、怒りのあまり頭に血が上って視界が赤くなることがあっても、便所の落書きをここに持ち込むことは避けた。 そんなものについて文字を打つ自分の手が汚れるからだ。 そんな汚れたおぞましいものを、わざわざ来てくださる方の目に触れさせたくないからだ。
けれど、一つだけ、アンチの言葉が自分の思いと重なることがあった。 ワールドが始まる少し前、アンチたちはワールド・フィギュアスケートNo.52掲載のパトリックのインタビューを誇大妄想だ大言壮語だと散々くさしたあと、パトリックはたとえ会場で罵声を浴びても(実際はもっと直接的でおぞましい表現だった)「応援ありがとう」と手を振るんだろう、と言った。 彼らは侮蔑の意図を込めて発言したのだろうけれど、自分は前にこの日記において、同じようなことを書いている。 パトリックは罵声も声援もすべて受け止めて、ありがとうと笑いかけるのだろう、と妄想込みで。 そして図らずも、間をおかずに、まさにその状況が具現化されるのを目にする羽目になる……。
パトリックは、今季、絶対王者ではなかった。 結果だけ見れば全戦全勝だけれど、内容は薄氷を踏むようなものだった。 特にGPSは派手な転倒などミスを織り込んで、演技の後に晴れやかな顔を見ることはできずにいた。 それでも勝ってしまう、のだから、アンチならずとも不満や疑問を持つ人が大勢出ることは仕様がないと思えた。 自分は相変わらずジャンプの見分けは付かない、プロトコルもなんとかTESあたりは判読できるようになったけれどファイブコンポーネンツあたりのことはさっぱりわからない、ニワカの二にも至らない輩なので、点数に関する論争について自分の意見を持つことはいまだにできずにいる。 パトリックに対する点の出方は適正ではないのかもしれない。無論、適正かもしれないけれど。 ただ、そこにいわゆる陰謀論が絡んでくると不快になる。もしかすると、事実不正はあるのかもしれない。自分は何も知らないし、真実はたぶん、一般のファンにはわからない。ないという証拠はない。でも、あるという証拠もないではないか。 そこに選手に対する個人攻撃、人格攻撃が加わると、悲しくてしょうがない。そしてそれは降るように浴びせられるものだった。 まあ、そんなものは上記の呪文を唱えて、歯を食いしばってやり過ごしてきた。 でも、テレビの煽りで絶対王者と連呼されるたびに、苦戦を続けるパトリックの影の落ちた顔を思い出し、そんなんじゃないよね、とつぶやかずにはいられなかった。 ついでに「表現力が高い」とかナレ入ると「うっそだー!」と叫んでた(笑)
ワールドの直前、立て続けに動画やインタビュー記事が上がってきた。 かつてはフィギュアスケートが人気を誇っていたけれど、現在は人気も関心も失われてしまった国、カナダ。一度勝つだけでなく、勝ち続けることで、国民のフィギュアへの関心を取り戻したい、とパトリックは何度も語っていたことを繰り返した。 その一方で、モチベーションを失ってしまったという記事もあった。コロラドでの日々に倦んだと。 パトリックが実は繊細だということはわかっている。でも、少なくとも試合の前に弱い部分を見せるような人だとは思っていなかった。いつも明るすぎる前向きさで取り組んで、本音を漏らすのは事後だと思っていた。 不安を抱えて、ワールドを迎える。
神がかった盛り上がりを見せたワールド男子FS。 場内全てを巻き込んだ羽生選手気迫の演技(らしい。自分はリアルでは見損ねた)、高橋選手の場内を熱狂させるノーミス演技。 正直(あ、これ、だめかも)と思った。 指を組み合わせ、白くなるほど強く握りしめながらパトリックの最終滑走演技を見た。 異様な熱気の残る中を、淡々と、しかし4回転を決めて……。 指を緩めかけたときの転倒。タイムオーバー。 そして、音量が絞られているはずの会場音から響くブーイング。 このブーイングを、観客の2割を占めていたという噂のある日本人によるもの……もっと露骨にいえば高橋ファンによるものだと主張する一部のパトリックファンがいるようだが、さすがにそれは無理がありすぎると思う。贔屓の引き倒しはよくない。 このブーイング、そして表彰式でのブーイングに、パトリックは手を振って返した。 アンチが予言したように。私が夢想したように。 けれど、一人で台の真ん中に立ったそのときの、パトリックの迷子になった子どものような表情が、私の胸に刺さる。 モスクワワールドでの表情とあまりに違いすぎる。 その瞬間、パトリックは確かに傷ついている。 傷ついて、でもそれを受け止めて、立ち上がり、前を向く。以前転んでも立ち上がろうともがく子犬のようだと言われたように。 立ち上がるけど、確かに傷ついているのだ。 人は、選手を瑕付けることができるのだ。
ああ、書き連ねていたら夜が明けてしまった。 一眠りして仕事に行かなければ。 続きはまた後日。
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